1章 10話 塔を目指して

 翌朝。
 フィオラ達は早々にレーベの村を出、一路ナジミの搭を目指していた。
 まだ夜露で湿る草地を踏み締め、黙々と歩く。
 先頭を行くヴェントがちらりとフィオラを振り返り見。フィオラは俯き加減に、やや元気が無い様子で歩いていた。
 ファンメイもそれが気掛かりだったのだろう。ヴェントと視線が合えば眉を顰めて見せ。
 何事かファンメイがフィオラに声を掛けようと口を開き掛け。しかしそれも先頭のヴェントの足が止まる事で留められた。
 前方の異変に気付いてフィオラも足を止め。半ば条件反射的に剣を抜き。

 「何か出た?」
 「ああ。 ―――――― 見えるか?」

 ヴェントが指差す方。草地の向こう側にちらりと見える尖った物体。1、2、3………、4体居るようだ。

 「一角うさぎ」
 「そうだ。今日の朝飯はあれにしよう」

 さらりとヴェントがそう言い。うえ!?とファンメイが声を上げた。

 「魔物を食うのかよ?」
 「何言ってやがる。そもそも魔物は魔の瘴気に当てられたものの事だ。一角うさぎも元を辿ればただの野うさぎ。食える食える」
 「マジかよ………」

 ファンメイがげんなりした声を上げ。フィオラが苦笑を浮かべた。

 「ファン兄さん、大丈夫?」
 「だ、大丈夫だ。………てか、お前こそ大丈夫かよ」
 「ヴェントさんの説明を聞けば、ああ、って納得出来るものもあったし。………じゃあ頑張って " 狩り " をしようか」

 剣を構えればフィオラが走っていき。ヴェントもそれに続く。一瞬躊躇した後にファンメイも走り出し。

 「一角うさぎの角、何かに加工して売れねえかな。後は毛皮か………」

 商売っ気を出しつつも一角うさぎに攻撃を仕掛けたのだった。

 

 

 ………………

 

 ………………………

 

 

 「 ―――――― ねえ、ヴェントさん」

 焼けた一角うさぎの肉を食べている最中。ふとフィオラが思い出したように声を掛けた。その声に、ん?とヴェントが視線を向け。

 「どうした?」
 「これなんだけど………。何かわかる?」

 胸ポケットに収められていた護符を取り出してヴェントに見せ。ん?と横からファンメイも覗き込み。

 「何だこれ。紋章………いや、形状からして護符か………?」
 「………………。旅立ちの朝。目を覚ましたら手元にあったの。お母さんのものでもなかったし………」

 無言のヴェントにフィオラが気付き、視線を向ける。

 「ヴェントさん?」
 「見覚えはあるな」

 その言葉に2人が眼を丸くし。

 「あんた等、世界樹の存在は知ってるか?」
 「世界樹………?」
 「北のユール大陸。賢神ガルナを祀る神殿ダーマより北部に広がる大森林の奥に聳える巨大樹の事だ。世界が生まれた瞬間に芽吹いた樹と言われていて、あらゆる生命を守護する存在として文献に残されている。………………んで、だ。その世界樹の事が記された壁画がガルナの搭にあるんだが、壁画のなかに描かれた幾つかの神の徴(しるし)の1つと………その護符。同じ形状をしているんだ」

 予想外に壮大な話が降って来てフィオラが戸惑った表情を浮かべ。それから手元の護符を見下ろした。

 「か、神さまの護符?」
 「本物か偽物かはわからないけどな。形状の出所という意味ではその辺りだろ」

 ヴェントの言葉にファンメイが感心した声を上げ。

 「すげえな、ヴェント。何でそんな事知ってるんだ?」
 「………………。世界中を旅して回ってたからな。無駄に知ってる事も多い」

 ず、と水を飲み。濡れた口元を手で拭う。何処か不機嫌な雰囲気を纏ったヴェントにフィオラが首を傾げつつ、そっと護符を胸ポケットに戻した。

 「昨日。あの魔の者の呪文攻撃を………無傷でやり過ごせたのは。………この護符のおかげかな、って。ふと思って………」
 「ああ、そういえば何か炎系か、閃光系か………凄いのにぶち当たったのに怪我無かったもんな………」

 思い出すようにファンメイが言い。うん、とフィオラが頷いた。

 「あれはベギラマだ。………まあ、うん………。………守護の意味としてはそうかも知れないがな、どんな護符も所詮は護符だ。あの時守ってくれたものが次も守ってくれるとは限らない。大切に持ち歩く事は悪くはないが、決して過信するなよ」
 「ええ、わかってる。ちょっと気になっただけだったから。………ありがと、ヴェントさん」

 笑みを綻ばせるフィオラにヴェントが眉を下げ。焚き火に水を掛ければ立ち上がった。

 

 

 ………………

 

 ………………………

 

 

 草原を抜けて森林地帯へ踏み込めばそこはアリーの岬。
 ナジミの搭への地下連絡口があるその森は、ここ数年誰も踏み入らなかった為に荒れに荒れ。連絡口を探すだけでも一苦労だった。

 「入れそうか?」
 「これは………。………うん。………鎖鎌でこの藪を切れば。………何とか行けそうだ」
 「ファン兄さん、気を付けて」

 入口を拓き、松明を片手に連絡口を覗き込むファンメイにフィオラが声を掛け。

 「内部(なか)もかなり荒れてるな。奥の方は整備されてるはずだが。見える範囲では土砂が入りまくってる」
 「愚図愚図してると松明の灯りで魔物が集まって来るな。………ファンメイ、貸してくれ。おれが先に降りる」

 ファンメイから松明を受け取り、ヴェントが連絡口に降り立つ。奥を照らしつつ片手で合図し。

 「 ―――――― よし。あんた等も降りて来い」

 ヴェントの声にフィオラとファンメイも通路に降り立った。

 

 スライム、大烏、一角うさぎ。蔓延っている魔物も別段強いものでも無い。フィオラ達はそれ等を蹴散らしつつ、奥へ奥へと進んでいた。

 「大丈夫?ファン兄さん」
 「ああ、これくらいなら薬草で。………ヴェント、あんたもほら」
 「おう」

 小物相手ではあるが通路は狭く攻撃をかわし辛い。
 手練れのヴェントさえ細かな傷を作ってしまい、ファンメイから受け取った薬草でその傷を癒した。

 「薬草、残りどれくらいかな。私は2つ」
 「俺は3つと、袋のなかに10と少し」
 「おれはもう無いな。しかし薬草よりも残りの松明が ―――――― 」

 話しつつ角を曲がればヴェントが短く声を上げ。

 「階段だ。この先か?」
 「あ、そうそう!良かった、迷わずに来れて」

 松明が切れる前に搭に踏み込めそうで。フィオラはほっと息を吐き出したのだった。