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1章 6話 仲間を求めて

風の祈り、花の誓い 風花、1章

 今日新たな勇者が生まれ、アリアハンから巣立つ。その事実を知る者は未だほとんど居ない。
 それはアリアハン王ビオの意思であり、フィオラがアリアハンを出立したのを確認して後、公表するという。
 希望に縋る民衆がその事実を知れば、当然大混乱になるからだ。
 始まりが肝心。そう考えたビオは大切な親友の娘を安全に送り出す為に、公表を遅らせる事を決めたのだった。

 のどかなアリアハンの城下町を、フィオラは独り歩いていた。
 出立は認められた。後は、仲間を見付けなければならない。
 それは最低ラインでの条件。
 独りでどうにか出来る闘いではない事を、フィオラは良く知っている。

 

 

 ………………

 

 ………………………

 

 

 ………酒場。

 未だ兄が居た頃は。
 母のお使いで何度か足を運んだ場所だったけれど。
 兄が居なくなった後は、兄の代わりに勇者になろうと必死で全く足を運んでいなかった場所だ。

 母レアの姉であるルイーダが経営している場所で、いつも酒と煙草の匂いが凄くて、顔が怖い人がいっぱいいた。
 ………怖い、というイメージが、未だ残っている。

 酒場から出て来る男達がフィオラを見遣れば、物珍しそうにじろじろと視線を投げて来る。それを居心地悪そうに視線を外したまま歩を進め。
 重たい木の扉に手を掛けた。
 ぐ、と力を込めた、その瞬間 ―――――― 思いがけず内側からその扉は開かれて。
 力強く押されたその反動でフィオラは大きくバランスを崩してしまった。

 「!?………わっ………!!」

 ただでさえ背に重たい剣を背負っているだけに。フィオラはよろめいた挙句その場に尻餅を突いてしまった。
 ギィ、と扉が開き。現れた男が少し驚いた声を上げる。

 「何だ?………っと、悪ぃ!大丈夫か?」

 フィオラが視線を上げればそこには青髪黄金眼の長身の男の姿があり。
 尻餅を突いているフィオラに片手を差し伸べていた。

 「!………だ、………大丈夫ですっ」

 フィオラが慌てて自力で立ち上がり。行き場の無くなった手を男が引っ込めた。

 「そうか。それなら良いんだが。本当、ごめんな。良く確認せず一気に開けちまったからな」
 「いえ、何ともなかったので………」

 ぺこりとフィオラが頭を下げた後、すれ違うように酒場のなかへと入っていく。男も歩き出そうとしたが、ふと僅かに眼を見開いた後に酒場の方を振り返り見。
 再び酒場のなかへと戻って行った。

 

 ………………

 

 「フィオラじゃないの!」

 酒場に踏み込めば、カウンターで他の客と話していたルイーダがフィオラに気付き声を掛けて来た。
 軽く会釈をした後、隅の空いていた席に腰を下ろし。そこにルイーダがやって来る。

 「久しぶりじゃない。此処に来るの」
 「うん、ごめんね」
 「元気そうで何よりだけど………。………ねえ、その成り。………もしかして?」

 ルイーダが表情を曇らせた事に気付き、フィオラもまた眉を下げた。うん、と笑みを零した姪っ子にルイーダが眉を顰め。そう、と短く声を上げた。

 「 ―――――― あれからもう6年も経ったのね。私も歳を取るわけだわ」
 「伯母さんはまだまだ若いじゃない。………でも6年。長いようであっという間だったよ」

 周囲の喧騒に紛れ、僅かな沈黙が落ちる。その空気の重さを紛らわせるようにルイーダがわざと明るい声を上げ。

 「でももう決めていた事だからね!今更どうこう言うつもりはないわ。………此処に来たという事は仲間探しという事かしら?」
 「そう。ファルク師匠から、酒場にある冒険者名簿を見せて貰いなさいって言われて」
 「なるほど」

 不意に横から聞こえた声にフィオラがぎょっと視線を上げて。あら、とルイーダが声の主に笑みを浮かべた。

 「ヴェントじゃない。貴方、宿に帰ったんじゃないの?」
 「いや、ちょいとこの嬢ちゃんが気になってな」

 いつの間にかフィオラの隣に腰を下ろしていた大男が、にしし、と頬杖を突いたままに、ちょい、とフィオラを指差し。え?え?え?とフィオラが驚いた表情を浮かべる。

 「その剣」
 「え。………この、剣?」
 「そう、それ。それってバスタードソードだろ。この辺りで出回っているものじゃないし、年季が入っている上、かなり使い込まれている。………近々アリアハンの勇者の遺児が親の遺志を継いで称を得る、という噂は聞いていたからな。もしやと思って引き返して来たわけだが………どんぴしゃだったわけだ」

 当たり?当たり?と、人懐こい表情で微笑まれ。フィオラが困った様子で言葉を詰まらせてしまった。あらあらとルイーダが笑みを深め。

 「流石ヴェント。良い洞察力ね」

 しかし当のフィオラはかたまったままだ。力は育っても心が未熟で未だ人見知りが抜けない。仲間集めが難航していた理由の1つでもある。
 押し黙っているフィオラをヴェントがじっと見詰め。そして顔を寄せた。

 「なあ、嬢………いや、フィオラ。あんたさ、仲間を探しに此処に来たんだろ?しかも腕っぷしが強い奴をさ」
 「え?えっ。………あっ、………はい」
 「おれ。どう?これでもこの大陸じゃあ負け無しよ?」

 えええ?
 どうしよう………とちらり、助け舟を求めるようにルイーダを見遣り。ルイーダが笑みのままに頷いた。

 「嘘は言っていないわ。ヴェントはポルトガから来た戦士だけど、登録されている冒険者のなかではずば抜けてレベルが高いわね」
 「どうよ?」

 ぐいぐい推して来る2人にフィオラは目を白黒させて。しかし何とか冷静さを取り戻せば半ば慌てるように口を開いた。

 「まっ………待って!貴方が自推してくれる事は嬉しいけど。貴方だって優秀な戦士なら、私と共に来る事がどれだけリスクを背負う事かわかっているんでしょう?………割に合わない旅だという事は、私が一番良く知ってる。どうして私に力を貸してくれるのか、その理由が知りたいの」
 「ふむ、確かに」

 仲間になるという人を何の疑いも無く諸手を挙げて歓迎する程度の警戒心の無さでは、この大陸を出る事すら叶わないだろう。
 なかには善人を装い、物盗りだったり人殺しだったり、或いは魔の刺客の可能性とてゼロではない。
 フィオラの言葉にヴェントは気分を害する事無く、寧ろ評価するように頷いた。
 それから頬杖を突いた態勢からきちんと座り直し。

 「おれは世界中を旅して回っている。賢者の石と呼ばれる代物を探している為だ」
 「賢者の………石?」

 賢者という存在は知っている。ナジミの賢者アクルもまた賢者だ。
 賢者は知を極めし者でこの世界に一握りしか存在しない。上位の者は不老の術をも扱い何百年と生きる事も出来る。
 アクルもまたその上位に属する者ではあるが………。

 「太古の昔に生きた伝説の大賢者が生み出した、大いなる魔力が凝縮された石と言われている。その石をかざすだけであらゆる傷や病魔を癒せると言われていてな。………数多の人の手を渡り、ネクロゴンド国の王家にあったとまでは知れたが、その国も今は魔の本拠地だ。………と、なれば、現状総大将バラモスが持っていると考えるのが自然だろう」
 「貴方は。………誰かの病気を治したいの?生命を賭してまで………」

 ふ、とヴェントが何処か寂しげな笑みを浮かべ。フィオラが眉を下げた。

 「まあ、そんなところだ。理由としては十分なものだと思うが」
 「………………わかったわ。でも私は、訓練は重ねて来たけれど貴方に全く及ばないひよっこ。それでも良いの?」
 「そんな事は百も承知さ。でもあんたは英雄オルテガの血を継いている。すぐにおれを追い越して先に行くだろうよ。………まあその時まではあんたの師匠役を買ってやるから安心してくれ」

 にかっと笑った後、ヴェントがフィオラの手を握った。咄嗟に引っ込めようとするがヴェントは掴んだ手を離さない。そのまま縦に手をぶんぶんと振り。

 「まあ、これから宜しくな!フィオラ!」
 「う、ううう、うんっ。………よ、宜しく………ヴェント、さん………っ」

 あまりに大混乱したフィオラの言葉に、ヴェントもルイーダも、同時に吹き出してしまったのだった。