1章 7話 青空の約束

 明日の朝、大門の前で。
 そう言い、ヴェントは旅の準備の為に宿へ戻り。フィオラもまた母の待つ家へと戻った。
 無事に勇者の称を得られた話、レアは既にメイから聞いており。帰るなり、" おめでとう " とフィオラの両手を強く握り締めたのだった。

 

 ………………

 

 一度(ひとたび)旅立てばアリアハンにはなかなか戻れないだろう。
 明日出立する娘の為に、レアはいっぱいのご馳走を用意していた。
 本来なら祝われるのは兄で、自分は祝う側だったんだろうな。食卓に料理を並べながらフィオラは複雑な思いでそう考え。
 ふと思い出したように、その口を開いた。

 「………………ねえ、お母さん」
 「なあに?」
 「あのね。出立式の後にルイーダ伯母さんの酒場に行ったんだけど………。仲間になってくれるという人が見付かったんだ」

 フィオラの言葉にレアが微笑んで。

 「良かったじゃない。どんな方? ―――――― それなら家へお招きすれば良かったのに」
 「戦士の、ヴェントさんって人。一応声は掛けたんだけど………宿に荷物も置いてあるし、旅の準備に時間を使いたいんだって」

 食器を食卓に置けばレアが目を細め。手を止め真っ直ぐに娘を見詰めた。

 「フィオラ。貴方は勇者となって、共に闘ってくれる人も見付かった。未だ実戦経験が浅い貴方にとってヴェントさんはずっとずっと格上の方なのだろうと想像出来る。更にこの広い世界には貴方の力になってくれる強い人がまだまだ待っているかも知れない。………でもね?フィオラ。貴方はその方々を先導する立場だという事を決して忘れないで。無謀な先導じゃない。共に闘ってくれる仲間を生かし、そして勝利へ向かう為の先導。………意味はわかるわね?」
 「………はい」

 母の言葉にフィオラが僅かに緊張した面立ちで頷き。レアがそれを見届けた後に厳しい表情を再び微笑ませた。

 「その気持ちをいつも忘れないで。………大丈夫、貴方なら出来るわ。だって立派なお父さんの娘なんだから」
 「………………っ。………お母さん………っ………」

 滲む涙もそのままに、フィオラはレアの胸に縋り付き。その頭をレアがぽんぽんと撫ぜた。

 「さ、泣き虫さんは卒業して。今日はいっぱいお祝いして、美味しいものをいただきましょう」
 「うん。………うん」

 かわいいかわいいフィオラ。人見知りがあって、臆病で、涙もろくて。でも強い意思でそれを覆い隠し誰よりも努力を重ねて来た。
 本当は危険な旅に等、出したくはないけれど………。
 ううん。
 もうこの気持ちには蓋をしよう。それがきっと、フィオラの為だから。
 静かに涙を流す娘を抱きながら。レアもまたその眦に涙を浮かべていたのだった ―――――― 。

 

 

 ………………

 

 ………………………

 

 

 ………………………フィオラ………。………フィオラ。

 私の声が、聞こえますか………?
 私は。………私は ―――――― なる者。
 貴方はやがて………真の勇者として私の前に………そして ―――――― の前に、立つ事になるでしょう………。

 私は、私達は、生まれた瞬間から、ずっと………ずっと、貴方達を見守っていました。

 本来勇者となるはずだったアルマが魔の手に落ち………。戦地に立つ事は無いはずだった貴方が勇者の剣を取り………。
 ………運命の歯車は音を立てて狂い始め………無情にも貴方達双子を飲み込みました………。
 最早行く末は、私にも………あの方にも………見えません。

 フィオラ………。

 貴方の歩む道の光は、か細く………そして過酷なものとなるでしょう。
 だけど、どうか………。貴方は、信じる事をやめないで………。

 ―――――― の加護を貴方へ………。今は、これが、私………の………………精一杯………。

 

 

 誰?

 そう闇のなか思考が動いた瞬間。フィオラは呼び掛けに目を覚ました。
 レアがカーテンを開き、陽光が差し込んで来る。

 「良いお天気。出立日和ね」
 「………………………」
 「………フィオラ?」

 ベッドで放心している娘にレアが振り返り。はっとしたフィオラが首を振った。

 「何でも、無い」
 「そう?………じゃあ早く支度して、降りてらっしゃいね」
 「わかったわ」

 とんとんとん………。
 レアが階段を降りて行き。それをフィオラが見送った。
 何だか変な夢を見た。
 ………あれは本当に、ただの夢だったのだろうか。

 「!」

 布団の上に煌めく護符が置かれている事にフィオラが気付き。そっとそれを摘み上げた。
 小粒の翠玉が埋められた美しい金の装飾に彩られた護符。こんな美しい護符、見た事も無い。
 ほんのり温かみすら感じられるそれをじっとフィオラが見詰め。

 ( ―――――― の加護を貴方へ………。今は、これが、私………の………………精一杯……… )

 まさか。
 でも………。
 これは自分のものでも、まして母のものでもない、はず。
 まさか………本当に………? " 夢のなかの誰か " が………。


 「フィオラー?遅刻してヴェントさんに叱られても知らないわよ?」

 レアの声にフィオラは意識を引き戻され。きゅっと握り締めれば。

 「わかってる!今行くよ」

 考えるのは、後だ。今はその時じゃない。
 手早く着替え、胸ポケットに護符を突っ込む。荷物袋を引っ手繰るように掴めば、慌ただしく階段を駆け下りて行った。

 

 

 ………………

 

 ………………………

 

 

 家の裏手にある近所共用井戸に顔を洗いに向かう。
 バケツを置いて井戸の水を汲み上げていれば、少し離れたところから砂利を踏み締める音が聞こえ。フィオラはその手を止めた。

 「おっす、おはよーっ」

 現れたのはフィオラの2歳上の友人ファンメイであり。黒髪黒眼、褐色肌の風体の彼は近くの武具屋の子だった。
 幼い頃は双子とも良く遊んでくれて、アルマが攫われフィオラが勇者としての教育を受けるようになってからは革鎧の調整や剣の手入れ方法を教えてくれた、兄貴分のような存在である。

 「ファン兄さん。珍しいね、こんな時間に」
 「おうよ。………つってもお前を待ってたんだけどな」
 「え?」

 へへっとファンメイが鼻の頭を擦りながら笑い。何事かとフィオラが首を傾げる。そのままファンメイが井戸端に設置してある木製ベンチに腰を下ろし。

 「お前、今日出立するんだろ」
 「!………どうしてその事………」
 「はは。お前が王さまから受け取ったサークレット。調整したのはうちの店なんだぜ?つまり勇者出立プロジェクトの関係者なわけ。 ―――――― まあ、そんな事より………。お前さ。どうやってこの大陸から出るわけ?」

 先日の魔による港の襲撃で使える船は残っていない。船の修理や建造、諸々には時間が掛かる。
 島国アリアハンにおいて船というものは唯一外界へ繋がるものなのだ。

 フィオラとてその懸念はあった。
 ビオとてその事態を把握していないわけではない。

 「王から。出国の件に関してはアクル師匠を訪ねよと言われてるの。師匠からも出立したら先ずは搭に寄れと言われてるわ」
 「なるほど」
 「………それがどうしたの?」

 うん、とファンメイが歯切れ悪く後頭部をかき。それからフィオラを見遣った。

 「俺、ロマリアに行きたいんだ」
 「ロマリア………」
 「 ―――――― ロマリアに居る友達(ダチ)と手紙のやり取りをしてたんだが、ある時からふっつりと、もう何か月も返事が来ない。心配で心配で、会いに行こうと思ってた矢先に港が使えなくなってだな………」

 ファンメイが立ち上がったかと思えばその場で土下座を始め。えええっ!?とフィオラが驚きを露わにした。

 「頼む!お前の旅が遊びじゃない事は十分に承知してる!!ロマリアまでじゃなくても良い、この大陸から出る間だけでもいいから、俺も連れて行ってくれないか!!」
 「ちょちょちょっ………ちょっと………!ファン兄さん!やめてよ、頭を上げてよっ」
 「俺、どうしてもロマリアに行きたいんだ!」

 このままでは大声で人が集まって来る。
 辺りを見回した後、フィオラはファンメイの首根っこを引っ掴んで、慌てた様子で家へと駆け戻ったのだった。

 

 ………………

 

 「同行者?武具屋の息子?………実戦経験はあるのか?」

 集合時間、フィオラと共に現れた見慣れない男にヴェントが腕を組んだまま見遣り。不躾に投げられた視線に僅かにむっとしつつファンメイがそれを見返した。

 「武具を理解するには知識だけじゃ足りない。フィオラと同じ師に師事し、それなりに鍛錬も積んでは来てるさ。あんた等生粋の戦士に及ぶものではないけどな」
 「なるほど。まあフィオラが承諾したならおれがどうこう言う話でもない。この旅のリーダーはおれじゃない。あくまでフィオラだからな。 ―――――― ファンメイ、だったか。商売人なら武具以外の知識にも明るいだろう。道具での支援、あてにしてるぜ?」

 てっきり突っぱねられると思って身構えていたファンメイだったが思いがけず受け入れられて。驚いた表情を露わにする。傍らでフィオラがほっとした表情を浮かべ。

 「ありがとう、ヴェントさん」
 「おうよ。後さ、その " ヴェントさん " っての、他人行儀だからやめてくれよ。呼び捨てで構わねえ。………んで?これからどうするんだ」

 片手をひらひらしつつヴェントが笑い。フィオラがきょとりと目を丸くした。ともあれ、此処は人の往来がある。フィオラの先導で門から少し逸れた草地に移動し。

 「ナジミの塔に行くわ」
 「ナジミ………、王宮のお抱え賢者のところか。確か勇者の戦術師匠の1人でもあったんだったか?」
 「ええ、呪文の師匠なの」

 経緯(いきさつ)をフィオラが説明し。ふんふん、とヴェントが頷いて見せる。

 「大陸から脱する何かの策があるってのはありがたい話だけどよ。………ホントまだるっこしいな。その場で教えてくれりゃイイってのに」

 そうぶちぶちというファンメイにヴェントが海にぼんやりと浮かぶ塔を見遣る。

 「アリアハンから出る前に、少しでもフィオラに実戦経験を積ませてやりたいんだろうな。………で。あの離れ小島にはどうやって行くんだ?港で小舟でも借りるのか?」

 乗れるものが残ってるかどうかはわからないが。そう尋ねるヴェントにフィオラが口を開き。

 「大陸南西にあるアリーの岬に地下連絡口があるの。そこから塔に入れるわ」
 「ナジミの村の事件の後から巡回馬車も無くなって西部に近付く人がぱったり居なくなったから、今どうなってるかわからねえけどな」

 そう続けたのはファンメイ。ナジミの村の事件。その単語にフィオラが僅かに表情を曇らせる。それに気付いたファンメイが少し慌てた様子で。

 「悪い」
 「え?………あ、ううん。 ―――――― とにかく、そういう事なの」
 
 2人のやり取りを眺めていたヴェントだったが、そう締め括ったフィオラに視線を向ければ、わかった、と一言告げ。

 「巡回馬車が走ってた頃ならともかく、流石に徒歩であそこまでは日が高いうちに辿り着けないな」
 「そうね。北のレーベの村で一泊してから岬に向かった方が良いと思うの。野営出来る状態なら良いけれど、南西の森林地帯に入るまでに確実は日は暮れてしまうだろうし、障害物がほとんどない平原地帯で少人数の野営を組むのは危険が多いから」
 「………………連れに僧侶が居ればな。野営もし易いんだが」

 僧侶が扱えるマヌーサ。幻の霧を生み出し敵を攪乱する呪文だが、霧を上手く操作すれば霧の結界を展開出来、魔物に気付かれない空間を作る事が出来る。
 しかしその使い手はこの面子のなかには居ない。

 「無いもの強請りをしたところで仕方ないだろ。レーベまでも結構距離あるし、早く行こうぜ」

 ファンメイの言葉に2人が頷き。そして歩き出した。
 ふ、とフィオラが視線を上げ。そしてアリアハンの街並みを振り返り見る。

 ―――――― 生まれ育った街。アルマと笑いあった思い出が残る場所。
 次に此処に帰る時。それは。魔王バラモスを倒した時だ。そしてその時は。アルマも一緒に帰るんだ。

 そう独り胸に刻み込み。フィオラは少し先を歩くヴェントとファンメイを小走りで追い掛けた。


 薄い雲が陽光を反射して煌めいている。
 抜けるような青空の下、フィオラ16歳。アリアハン勇者の称を得て、力強く旅立ったのだった ―――――― 。