序章 2話 運命の子供達

 何か黒いものが迫って来る。
 黒い濁流。土砂?水?………違う、あれは。………形の無い靄のようなもの。
 まるで " 意思のある夜 " のようだ。
 走っても走っても、追い掛けて来る。
 ………追い付かれる。

 ―――――― 助けて!!!

 

 

 ………………

 

 ………………………

 

 

 「じゃあお金は此処に入れておくからね。巡回馬車のチケットは此処。落としたらダメよ?」

 レアが荷物袋を黒髪の男の子に差し出し。男の子がそれを受け取った。傍らで同じ髪色の女の子が見遣っている。
 アルマ10歳、フィオラ10歳。
 10年前オルテガが遺した遺児達である。

 オルテガが没して後3年後。絶望に沈んでいた世界に再び一条の光が差し込んだ。
 宮廷の星占術師がアルマにオルテガと同じ星の巡りを見出したのだ。

 (アルマさまにはオルテガさまと同じ導きの力を感じます。成長した暁には必ずや世界を平穏へ導いてくれる事でしょう)

 新たな勇者の芽だ。
 アリアハンは沸きに沸き。アルマは勇者としての英才教育を受けるようになったのだった。

 そして今日は、お使いでアリアハン大陸北西にあるナジミの村まで出掛ける。
 双子の妹、フィオラも一緒である。
 アルマが学問を、訓練を受ける時。フィオラはいつも一緒だった。
 快活な兄と違い大人しい妹。
 勇者として期待される兄を支えるように。フィオラはアルマの傍を離れなかった。

 「行こう、フィオラ」
 「うん、お兄ちゃん。………じゃあお母さん、行って来ます」
 「ええ、気を付けてね」

 フィオラの手を引きアルマが歩き出し。微笑んでレアがそれを見送った。

 あれから7年。
 早いものだ。

 戸惑う大人達のなかでよちよち歩いていた双子も、こんなに大きくなってしまった。
 国は、アルマを16歳の成人式に合わせて出立させようと考えている。
 確かにこの数年でアルマは同年の子供達はおろか、兵も舌巻くほどにその実力を増して来たが………まだまだ子供には違いない。
 後6年。後6年で、アルマはオルテガと同じ、或いはそれ以上の力を身に着ける事が叶うのだろうか。
 父の二の舞となり、悲しい末路を歩むのではないか。
 レアの不安は、日に日に大きなものになりつつあったのだった ―――――― 。

 

 

 ………………

 

 ………………………

 

 

 ――― ナジミの村 ―――

 

 「聖水2つと満月草1つ」

 買い物メモをフィオラが読み上げ。それを傍らからアルマが覗き込んだ。

 「なるほどね」
 「何が?」
 「満月草を聖水で煮て魔力合成するんだ。するとルーラの草を作る事が出来る」
 「ルーラって、瞬間移動呪文の名前だよね?」
 「そう。そのルーラを使う事が出来る魔力の草だよ」

 そうかあ、それが目的かあ。アルマが歩き出し。慌ててフィオラがその後に続いた。
 兄は強く賢い。
 剣の扱いも上手いし魔力の扱いにも長けている。双子なのに自分よりずっとずっと大人びており、物知りで知っている事も非常に多い。
 " 勇者の副産物 " " 要らない子 " 心無い言葉を投げ掛けられる事が多かったフィオラだったが、アルマの事は本当に誇りに思っていた。

 「道具屋さんで買うの?」
 「いや、魔法具屋さんだよ」

 そのまま一軒の店に入って行き。こんにちはーっ、とアルマが声を上げた。すると薄暗い店の奥からしわくちゃの老婆が出て来て。

 「おや。かわいらしいお客さんが来たよ」
 「こんにちは。頼んでいた商品を取りに来ました」
 「頼んでいた………。ああ、お前達、レアの子供達かい?聖水と………満月草だったね。ちょっと待っておいで。ついでに合成しておいてあげよう」

 ほらね、とアルマが小声で囁いて。本当だ、とフィオラが手を叩いた。

 

 

 ………………

 

 

 「坊や。巡回馬車の時間は大丈夫かい?」
 「あ、はい。大丈夫です」
 「そうかいそうかい。………しかしレアの子ならばまだ2桁になったばかりだろうに。確りしたイイ子だね」

 兄が褒められれば自分も嬉しくなる。仄かにフィオラが笑みを浮かべ。アルマもまた照れたような笑みを浮かべた。

 「僕なんてまだまだです」
 「………大人達が色々言って来るだろうがね。どんなに強く言われたとて、決して言いなりになったらいけないよ。たとえどんな星の下に生まれたとしても、自分の道は自分で決めるものだ」

 その言葉にアルマが表情を曇らせる。押し黙ったアルマに老婆が溜息を零し。そして壺のなかから一束の草を取り出した。

 「さあ、ルーラ草の完成だ。これを持ってレアのところへお帰り」
 「ありがとうございます」

 代金を支払い、ルーラ草を受け取る。そっとそれを荷物袋へと納め。様子を老婆がじっと見詰めた。

 「………坊や」
 「 ―――――― 行こう、フィオラ」

 言葉を遮るようにアルマがフィオラの手を握り。そのまま振り返る事も無く、店を後にしたのだった。

 

 「………………」
 「………………」

 馬車の待合所へ向かい、アルマは黙々と歩く。その後ろをフィオラが続いて歩き。

 「ねえ、お兄ちゃん」
 「………何?」
 「お兄ちゃんは………」

 本当は勇者になりたくないの?
 しかしその言葉は飲み込まれ。ううん………と歯切れ悪く、何でもないという言葉がその後に続いた。
 しかし妹が言いたかった事は伝わったのだろう。先を行くアルマが足を止め。そして振り返った。

 「僕は誰にも流されたりしないよ。僕は、僕自身で決めた。………まだ子供だから。きっと周りからは " 身勝手な大人達に無理矢理勇者にされるかわいそうな子供 " にしか見えないんだろうけど。………僕は自分で決めたんだ」
 「………………お兄ちゃん」
 「まだ子供なんだ、って思われる事が、僕は悔しい」
 「………でもいつか、大人になるよ。お父さんみたいに………なれるよ」

 その言葉に、ふっとアルマが笑い。さらりとフィオラの頭を撫でた。

 「ありがとう、フィオラ」
 「お兄ちゃんが勇者になったら。あたしも一緒に連れて行って。あたしもお兄ちゃんの力になりたい。お父さんの………仇を討ちたい」
 「………………。それは ―――――― 」

 瞬間。

 青空に閃光が疾り。激しい振動と共に爆発が生じた。

 「フィオラ!!!」

 咄嗟にアルマがフィオラを庇い、地面に転がる。
 飛び交う悲鳴。
 そのなかに、鋭い男の声と甲高い嘲笑が入り交ざった。

 「この村に来ているはずだ! ―――――― 黒髪の子供だ、決して逃がすな!!」
 「ひっひっひ、何処だ何処だ。お前達、勢い余って殺してしまうんじゃないよ。必ず生かして此処へ連れて来るのだ」

 数多の魔物を引き連れた黒銀の鎧騎士と箒にまたがった魔女。
 焼けた建物の物陰に隠れながらアルマはその方を睨み上げた。

 魔物………!?

 黒髪の子供………。探している?僕達を………? ―――――― 何故………。
 ひやりとしたものが胸の奥に落ちて来て。傍らで青ざめているフィオラを見遣った。
 オルテガの血を引く者だから?………何れ勇者になるから………大人になる前に、殺す為に………?

 空も、大地も、魔物の数が増えつつある。

 どうする。………このままじゃ見付かるのも時間の問題だ。見付かったら、僕もフィオラも………。

 「んん?おやあ~………」

 魔女が此方の方を見遣り。にまりと笑った。
 だめだ。
 覚悟を決めたアルマは近くにあった角材を握り締めて立ち上がったのだった ―――――― 。