1章 4話 始まりの朝

 ―――――― ナジミの村の惨劇より、6年の月日が流れた。

 片割れを失った後、フィオラは人が変わったかのようにその臆病さを前に出す事が無くなり。アルマが直接師事していた剣や呪文の訓練を受けられるよう、自ら交渉の場に立った。
 母を含め、大人達は皆、フィオラがアルマの代わりに勇者を目指す事に反対をした。
 確かに双子の母であるレアも元は宮廷騎士団に所属する僧侶であり、戦地に立った事もある。だがあくまで後方支援という形であり、このアリアハンでは専ら前衛は男性が務める事が定められていた。
 まして勇者ともなれば、その意味合いは更に強くなる。
 女が務められるような任ではない。
 誰もがそう口を揃えたのだった。

 だがフィオラはその声を実力でねじ伏せた。

 " 本格的な訓練を行う前 " に、アルマの剣の師であったファルクに勝負を挑んだのだ。
 兄の背に追い付こうと必死なのだろう。そう感じたファルクであったが、実際はまるで違っていた。
 剣を握った事も無いはずのフィオラ。しかし、常にアルマの訓練を見ていたフィオラは、眼でその内容を理解し飲み込み、静かに蓄えていたのだ。
 結果としてフィオラがファルクに勝つ事は叶わなかったが、その秘された実力は確かにファルクに伝わっていた。
 たった10歳の、剣を握った事も無い少女が、何十年と剣を握っている自分に此処まで近付けたという事に。戸惑いと共に興奮のようなものを感じ取ったのだ。
 ―――――― この子は、女子であれオルテガの血脈を確実に受け継いでいる。
 ファルクは自らレアを説得し、フィオラが剣の訓練を行う事を認めたのだった。

 やがて真剣にファルクに師事するフィオラを見。呪文の師でもあったナジミの賢者セトもまたフィオラに訓練を許可し。
 決意より1年後。本格的な勇者としての鍛錬が始まったのだった ―――――― 。

 

 6年。
 我武者羅に訓練を積んで来た。
 長い黒髪も邪魔で自ら短く切り落とした。

 

 兄さん。

 アルマ兄さん。
 私は、貴方に少しでも近付けましたか?

 貴方は今、何をしていますか?
 魔物達に連れ去られた後、独りぼっちで………元気にしていますか?
 ………待っていて。今、助けに行くから ―――――― 。

 

 アリアハン王宮へ続く橋の前でフィオラはじっと考え込んでいた。傍らには心配げに立つレアの姿。ふ、と視線を上げれば母に柔らかく微笑む。

 「………親不孝な娘で、ごめんなさい。お母さん」

 ぽつりと零したフィオラにレアが少し驚いた表情を浮かべ。そして困ったように眉を下げた。

 「そんな事は無いわ、フィオラ。寧ろ私達が………大人達が不甲斐ないから。女の子である貴方に重荷を背負わせてしまった事に後悔しているの。これでは……… ―――――― これではまるで、貴方が世界の生贄になってしまったかのようで………」

 その言葉にふるりとフィオラが首を横に振り。

 「言ったでしょう?決めたのは私なの。………私は後悔していない。これは本当の話」

 視線を王宮の方へと動かし、フィオラが僅かに目を細めた。

 今日、16歳になった。
 だが成人したからといって、即、勇者になれると決まったわけではない。
 アリアハン王ビオと交わした約束。
 16歳になり成人した暁には、現近衛騎士団長と勝負を行い、そして勝利した時にのみ、勇者としての称を預ける、と。
 つまりこれからフィオラは騎士団長と一戦を交えて勝利しなければならないのだ。

 「………………わかったわ。貴方がそう決意するなら、母さんはもう何も言わない。………頑張ってね、フィオラ。………生きて、戦って、勝って、そして自ら決めた運命へ飛び込みなさい」

 ぎゅっとレアが涙を滲ませるままにフィオラを抱き締め。フィオラが大きく頷いた後、笑みを浮かべた。

 「ありがとう、お母さん。………じゃあ、行って来る!」

 石橋を走り出したフィオラをレアがじっと見詰める形で見送り。程無く後ろから声が掛かった。

 「 ―――――― フィオラは行ったか」

 振り返ればそこにはフィオラの剣の師であるファルクの姿があり。あら………とレアが軽く会釈をする。

 「………ファルクさん」
 「この5年、フィオラを見て来たが。あいつの剣の素質はアルマのそれを超えるものだった。………魔王軍が何故 " 双子一緒 " に連れ去ろうとしたのかずっと疑問だったが………連中の方が先にフィオラの資質を見抜いていたのかも知れんな」
 「………………私、本当は未だ迷っているんです。フィオラには応援するような事を言いましたけど。………勇者の称を勝ち取って欲しいと思っている自分と、負けてアリアハンに留まって欲しいと思っている自分がいるんです………」

 その言葉にファルクが頷き。そして王宮の方を見遣った。

 「それでいい。それが母親というものだ」
 「………………。そうでしょうか?」
 「そんなものさ。………それに、たとえ自分で選んだ道とはいえ、誰もが勇者と称えてくれる世界じゃ息が詰まってしまう。………母親だけでも、あいつの事をただの女の子だと思ってやれば、あんたの存在はフィオラの呼吸できる場所になるだろうさ。あんたは勇者の母親にならなくても良い。 " フィオラ " の母親のままで良いんだよ、レアさん」

 ぽろ、とレアの両眼から涙が零れ落ち。ファルクが視線を外した。

 「やれやれ。大事な奥さんを泣かせたとなれば、オルテガに叱られちまうな」
 「………………ファルクさん。ありがとう………」

 

 

 鐘が鳴る。
 朝9時を知らせる鐘。

 王門が開かれ、そしてフィオラの " 勇者の試験 " が始まる時間でもあった ―――――― 。