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1章 5話 勇者継承

風の祈り、花の誓い 風花、1章

 ぎしりと軋んだ音。次いで乾いた音が大広間に響き渡り。騎士団長の握っていた木剣が弧を描きながら高く舞い上がった。
 その眼前には同じく木剣を握っている少女の姿。

 それまで息を飲み見守っていた要人兵士諸々の面々からどよめきが生じ。王座に腰掛けたまま2人の試合を見守っていたアリアハン王ビオが険しい表情のままに片手を上げた。

 「そこまで!」

 凛とした声が響き渡り。騎士団長が僅かに笑みを浮かべた。

 「………フィオラ。強くなったな」
 「エオン騎士団長 ―――――― 。………ありがとうございます」

 深々とフィオラが頭を下げ。木剣を拾い上げた後、騎士団長エオンはビオへ向き直り、拝礼をした。そして後ろへ下がる。

 「フィオラ。………此方へ」
 「はい」

 ビオが立ち上がり、その前にフィオラが向かえば跪いた。

 「フィオラよ。良くぞエオン騎士団長を打ちかました。 ―――――― 約束は約束だ。お前にアリアハンの勇者の称を与える事を授けよう」
 「………ありがとうございます」

 す、とフィオラが視線を上げ。ビオが僅かに目を瞠った。その眼差しが、若き日のオルテガのそれと重なったのだ。
 一瞬の沈黙の後、ビオが目を閉ざして。何かを決意したかと思えば片手で大臣を呼ぶ。
 呼ばれた大臣と、その後ろに続く近衛兵。
 大臣の手には深紅のトレイに乗せられたサークレット。そして近衛兵は武骨な長剣を持っていた。

 「青の玉(ぎょく)はこのアリアハン王家に伝わる生命の精霊石
 「………綺麗です」

 サークレットに装着された青の宝玉をフィオラが見詰め。
 ビオがサークレットを手に取れば、フィオラの頭に着けてやる。

 「………ふむ、サイズも丁度良いようだな。 ―――――― これは本来オルテガが発つ時に授けたかったが、あの男は出国の挨拶もそこそこにさっさと出立してしまったのだ」
 「父が?」
 「1日も早く世界の平和を取り戻したい。そう言い残してな。………レアやお前達双子の未来を守りたい、と言っておった」
 「………………………」
 
 お父さん………。
 出立した時は乳飲み子で、父の顔も知らないけれど。ビオの話から深い愛情を感じ取り。フィオラは視線を落とした。
 不意に聞こえた金属音にフィオラがはっと視線を戻し。
 近衛兵が一振りの長剣を差し出していた。
 細かい傷が見え、とても新品には見えない、古い剣だ。

 「その剣はオルテガがこの城に仕えていた時に使っていたものだ」
 「!!」
 「まだお前が握るには重くて扱いにくい代物であろう。だが、私はあえてお前にこの剣を授ける。………この剣を完全に使いこなせるようになった時、初めて父に追い付けるものだと思い、精進せよ」

 フィオラが剣に手を伸ばし、そっと受け取った。普段銅の剣で訓練をしていたフィオラにはひどく重たいもので。戸惑った表情を浮かべるフィオラにビオが目を細める。

 「重たいか、フィオラよ。それは使命と決意の重さだ」
 「はい ―――――― わかります」

 しかしすぐにフィオラの瞳に力が宿り。剣を抱いたまま真っ直ぐにビオを見返した。

 「父の剣、ありがたく頂戴致します。必ずやこの剣を使いこなし、世界の暗雲を晴らしてみせましょう」
 「うむ。良い返事だ。 ―――――― では、フィオラ。今、この場で。お前にアリアハンの勇者たる称を与える。世界各国を巡り、力を蓄え、人類の代表として魔の者等と戦うのだ。敵は魔王軍が将であり王、バラモス。南方はネクロゴンド国を滅ぼし、その地を拠点として各国に脅威と絶望を与えておる。………人類に残された時間は多くはない。今も世界の何処かでは魔に襲撃され苦しんでいる者が多数存在している事であろう。一刻も早く父に追い付くほどの力を付け、魔王バラモスを討ち、世界を人間の手に取り戻すのだ」

 ビオの声が大広間に響き渡り。
 しかしその後、フィオラが口を開いた。

 「いいえ。 ―――――― それでは魔王には勝てません。父を追い抜く程の力が無くばどれだけ力を付けようとも意味が無い話。同じ事の繰り返しになるのです。………ですから、私は、父以上の力を求め、そして手に入れます」
 「良くぞ言った!流石はオルテガの娘、そしてアルマの妹たる者よ」

 高らかと祝福のラッパが鳴り。見守っていた面々より歓声が上がった。勇者万歳。勇者の道に光あれ。勝利あれ、と。
 そのなかでフィオラはじっと、本来はこの場に立っていたであろう兄アルマの事を想っていたのだった。

 

 

 ………………

 

 ………………………

 

 

 「 ―――――― 良い啖呵を切ったな」

 大広間から出たところでフィオラが声を掛けられ。振り返ればそこには長い銀髪の青年と、年老いた老婆の姿があった。

 「師匠。それにメイ婆も。いらっしゃってたんですか」

 フィオラの呪文の師匠であるナジミの賢者アクル、そしてその弟子でありアリアハンでは実の孫のようにかわいがってくれている老婆メイの姿に。フィオラが驚いた声を上げる。そして僅かに眉を顰め。

 「………啖呵を切ったって、何だか人聞き悪いですよ」
 「ははは、良いじゃないか。何事も最初が肝心だ。ただでさえお前は女だからな。なめられるよりずっと良い話だろう」
 「それは………まあ。否定はしませんけど」

 メイがにこにこ笑ったままフィオラに向かい、そっとその両手を握る。

 「フィオラちゃん、良い出立式だったわ」
 「ありがとうございます、メイ婆」

 恥ずかしそうにフィオラが微笑み。それを見遣りつつアクルが苦笑を浮かべた。

 「何にしろお疲れさま。………さて、明日の出立に備えて忙しくなるな。共に旅する仲間はもう見付けたのか?」

 その言葉にフィオラが表情を曇らせて、ふるっと首を横に振り。あらあら………とメイもまた心配げに眉を下げた。

 「 ―――――― そうか。後150歳若かったら私が付いて行くのだが」
 「師匠、無理しないで下さい。ファルク師匠から酒場で冒険者名簿を見せて貰ったらどうかと助言をいただいているので、後でルイーダ伯母さんのところに行ってみようかと思ってます」
 「ふむ」

 レアの姉であるルイーダアリアハンの外れでそこそこ大きな酒場を経営していた。
 最近、魔に港を襲撃されてしまった所為で入港が止まっているが、それでも冒険者がたむろしているはずである。
 仲間になってくれるような冒険者がいるかどうかはわからないが、行ってみる価値はある。そうファルクに言われたのだ。

 「まあ、仲間が見付かったにしろ見付からなかったにしろ、アリアハンを出たら私の搭へ来い。大事な話がある」
 「わかりました」
 「じゃあ、フィオラちゃん。頑張ってね?」

 アクルとメイが歩き出し。それをフィオラが見送る。手を振った後、その手を戻せばじっと見詰め。
 ぎゅっと握り締めれば、よしっ、と自分を鼓舞するように一声上げ。
 足取り強く、王宮を後にするのだった ―――――― 。