1章 8話 風に沈む村

 弱い魔物といえども魔物は魔物。一瞬でも隙を見せ、喰い付かれればただでは済まない。
 この青い軟体種、スライムもその一種だ。
 全身をバネに大地を蹴って跳ね上がり、体当たりを仕掛けて来る。それをかわし、フィオラがバスターソードを振るい。
 剣がイイ事もある、その切れ味がスライムを真っ二つに切り裂き。傍らで大烏を倒していたヴェントが、ひゅう、と小さく口笛を吹いた。

 「やるじゃないか、フィオラ」
 「………剣が、凄いだけだと思う。銅の剣とは比べ物にならないくらい………切れ味が凄いから」

 しかし、ひどく重い。
 数回振るっただけで息を弾ませるフィオラにファンメイが近付いていき。

 「確かに凄い剣には違いないが、今のお前の体躯では長期運用は無理だな」
 「ファン兄さん………。でも………」

 この剣は決意の証だ。
 きゅっと柄を握り締め、フィオラが表情を曇らせ。ヴェントもその想いを察したのか目を細めた。

 「フィオラ。物事には順序がある。王も無理強いさせるつもりでその剣を託したわけじゃないだろが」
 「………………」
 「焦るな。その剣は " いつか " あんたの力になる。今は身の丈に合ったものを使って実戦経験を重ねる時期………そうだろう?」

 こくり、とフィオラが頷き。ファンメイもほっとした表情を浮かべた。そして自分の荷物袋に差していた銅の剣を一振り取り出し。

 「ほらよ」
 「兄さん?これ………」
 「路銀の足しになるかと思って持って来てたんだ。これならお前、使い慣れているから闘い易いだろ」
 「うん………。ありがとう、ファン兄さん」

 花が綻ぶような笑みを零したフィオラに。2人もまた自然と笑顔を浮かべたのだった。

 

 

 ………………

 

 ………………………

 

 

 勇者の称を得、意気揚々とアリアハンを発ったフィオラだったが、先ず驚いたのは郊外の魔物の数の多さだった。
 ナジミの村の事件の後、巡回馬車が無くなり、国を出る人が激減したとは知っていたが。まさか結界の外が此処まで魔物の数を増やしているとは思いもしなかったのだ。

 あの惨劇より6年。
 長いとも思うが、たった6年とも言える。

 ………自分が知らないところでこれだけ世界が形を変えていたのかと。

 閉ざされた島国でこれだけの変化があったのだ。他の大陸では一体どんな事態に陥っているのか………。

 急くな、と釘を刺されたフィオラだったが、得体の知れない不安を胸に、一刻も早く島を脱して世界を見たいと強く願ったのだった。

 

 「………………ふう。やっと村に着いたな」
 「日が暮れる前に辿り着けて良かった」

 度重なる魔物との戦闘の所為ですっかり予定時間をオーバーしてしまった。昼過ぎには辿り着けるはずだった北方の村レーベ。
 漸くに辿り着いた時には、もう陽光が地平線の彼方に沈み掛けていた。

 「………寂れてるね」

 昔何度か巡回馬車で足を運んだ事がある村。幼い視点だったからかも知れないが、長閑で平和なイメージがあった。
 しかし今のレーベは………。
 夕暮れ時という事もあってか、出歩く人も少なく、誰もが疲れ切った表情をしている ―――――― ように思えた。

 「とりあえず宿を取ろうぜ。明日も長い距離を歩くんだし、今日は確り休まないとな」

 そうファンメイが言い、歩き出し。ヴェントもそれに続いた。………と、まだ立ち止まっているフィオラを肩越しに振り返り見。

 「どうした?」
 「!………ううん、何でも無い。今行くわ」

 ヴェントの声にフィオラが驚いた表情を浮かべ。慌ててその後を追ったのだった。

 

 

 ………………

 

 

 「良かったね?部屋が空いてて」
 「空いてるっつうか………。今日の宿泊客、俺達だけじゃねえ?こんな調子で大丈夫なのかよ」

 ベッドに寝転がりながら呆れ気味にそう言ったのはファンメイであり。その言葉にフィオラが眉を下げた。

 「巡回馬車が廃止になってから村に来る人も減ったんだろうね………」
 「確かになあ」

 ………と、そこにパン籠と水差しを持ったヴェントが入って来て。

 「飯、貰って来たぜ。後、風呂の準備も出来たってよ」
 「本当?………じゃあごはん前に使わせて貰おうかな」
 「ああ。入るなら入っちまえ。あんたの分は取っておくから」
 「あ、うん。ありがとう」

 そう言いフィオラが風呂の支度を始め。寝転がっていたファンメイが起き上がった。

 「んじゃ俺達は先に飯………、ってパンだけかよっ。スープもサラダも無しか」
 「安宿入っておいて贅沢言うなっての」

 そうヴェントが笑い。少し硬いパンをベッドの上のファンメイに放り投げた。
 行って来ます、と、フィオラが部屋を出て行き。ヴェントもベッドに腰掛けてパンに噛り付いた。ふとファンメイがじっと此方を見ている事に気付き。ん?と眉を顰める。

 「何だ?」
 「いや。何というかさ。………仲間が見付かった。野郎が1人だけ。って聞いて、俺少し心配してたんだよな」
 「ああ、なるほどな。まあ、おれもあんな乳臭い娘に欲情するほど飢えちゃいねえよ」

 さらっとそう言ったヴェントにファンメイが苦笑を浮かべ。

 「乳臭い、ねえ。あれでもアリアハンじゃ狙ってる奴多かったんだぜ?」
 「そう言うあんたはどうなんだ、ファンメイ」

 俺?とファンメイが自身を指差し。

 「ガキの頃に告って既に振られているから、今は " そんな目 " では見てねえな。どっちかというと ―――――― 今は悪い虫を払う側かな」

 払ってくれる兄(アルマ)が居なくなってからは。
 猶更にその思いは強くなっていた。

 「ロマリアに行きたい、その目的は変わらないけれど。………あんたがどんな人種かを見定めたかった。もしあんたがフィオラにとって危険な匂いを僅かにでも感じさせたなら ―――――― 」

 暫しの沈黙。
 ふん、とそれを打ち破るかのようにファンメイが鼻で笑い。がしっ、と硬いパンに噛り付いた。

 「まあ、今となっては要らん世話だな」
 「………あんたに認められたか。そいつはありがたい。………………フィオラから聞いているだろうが、おれの大元の目的は賢者の石の入手だ。魔王退治はそのついでと言える。だが、一度やると決めたからにはおれはフィオラを、勇者を、守る。あいつが世界を背負って立てるようになり、魔王に刃を向けるその瞬間まで ―――――― おれは最後までフィオラの駒で在り続けるさ」
 「………………。ありがとうな」
 「あ?」
 「俺はしがない商売人。今は一緒に在れてもあいつが目指す最終地へは、恐らく一緒に行ってやれない。………だから。フィオラの事を宜しく頼む」

 ファンメイがそう言い。ヴェントが驚いた表情を浮かべた。それから少し照れくさそうに視線を外し。

 「止めだ止めだ、こそばゆい。………しっかし硬いパンだな。口のなかの水分が全部持っていかれそうだぜ」

 ヴェントの言葉にファンメイが笑い。全くだ、と同意しながら水差しからグラスに水を注ぎ始めたのだった。

 

 

 ………………
 


 ………………………

 

 

 ちゃぷん………。

 口元まで湯に沈みながら、フィオラは独り考え込んでいた。

 「………私が出立した事はきっと魔王にも知れているはず。………あの時魔王の手下は、 " 私達2人 " を狙って来た。………だとしたら、結界を出た私を再び狙って来る可能性はある………」

 あの鎧騎士と魔法使い………。
 あの時は、アルマの後ろで震えている事しか出来なかったけれど。

 「今度は。私が兄さんの居場所を聞き出してやるんだ」

 狙って来た事を、後悔させてやる。

 よっし、と湯船から立ち上がった、その瞬間。

 

 「魔物だあああ――――――!!!」

 窓の外から聞こえた悲鳴に大きく目を見開く。
 夜襲!?結界は?機能していないの?
 考えている暇は無い。浴室から飛び出せば、手早く身体を拭いて衣服を纏い。武器を取りに部屋へ向かい駆け出したのだった。