1章 9話 初陣

 「ひーっひっひっひっ!!!ひゃっひゃっひゃっ、燃えろ燃えろ!!!」

 嘲笑う魔女が解き放ったベギラマが枯草置場や納屋を燃やしている。数匹のキラービーを従え、ゆっくりと村を旋回し。
 ぎょろりと大粒の眼差しで舐めるように辺りを見回した。

 「それにしてもナジミも此処も、あんなちんけな結界であたし達の攻撃を防げると思ってるのかい」

 逃げ惑う人間を見付ければ、お行き、とキラービー達に言い。風切音を立てながらキラービー達が人間に襲い掛かる。
 上がる悲鳴。たかられた人間は瞬く間に動けなくなり、その場に倒れ込む。
 それを眺め。魔女が再び耳障りな甲高い笑い声を立てた。

 「 ―――――― やめなさい!!」

 突如、闇を割るかのように響いた若い声に。にまりと魔女が笑い。
 視線を向けた先には武装を整えたフィオラ、ヴェント、ファンメイ、3人の姿があった。

 

 

 ………………

 

 ………………

 

 

 「ふぇっふぇっふぇ。大きくなったね、嬢ちゃん。ずっとずうーっと、あんたに会いたかったんだよ?」

 ………忘れるはずがない。
 あの日、あの時。鎧騎士と共にナジミの村を襲撃し ―――――― 兄アルマを攫っていった魔の者だ。
 ぎりり、と剣を握る手に力が籠められる。
 それを守るようにヴェントが1歩前に出。はっと正気付いたようにフィオラが目を瞠る。

 「感情に流されるな。あれが何かはおれは知らんが………冷静さを欠けば奴の思うままだぞ」
 「………………………」

 ひゅる………。
 箒に跨ったままに魔女が3人に向き直り。

 「ねえーえ?………………嬢ちゃんや。あんたの片割れの坊やがね、寂しがって寂しがってずっと泣いているんだよ。あんたに会いたいってね。フィオラフィオラ、って………ずうーっと名前を呼んでいるんだ」
 「!」
 「かわいそうだろう?あんただって、大好きなお兄ちゃんに会いたいだろーう?」

 剣を握る手が震える。
 怒りが、悔しさが、負の感情に支配されていく。

 (さよなら、フィオラ)

 最後に見た、泣き笑いのような、兄の微笑み ―――――― 。

 「………かわいそう、って。………かわいそうなところに閉じ込めてるのは貴方達じゃない………っ!」

 フィオラの呟きにファンメイがはっとする。

 「………っ、待て、フィオ………っ!!」

 駆け出そうとするフィオラにヴェントが舌打ちをし。乱暴にその襟首を掴んだ。
 首が絞まり、フィオラがその動きを止め。
 魔女がぴくりと片眉を跳ね上げる。

 「だから落ち着けって言ってるだろうが」
 「………だけど!!」
 「お前まで連中に取っ捕まるつもりか?確かに捕まったら兄ちゃんに会えるかも知れんが、お前はそれを望んでるのか?」
 「違う!あいつを叩きのめして兄さんの居場所を聞き出すの!」
 「だろう?」

 にや、と笑ったヴェントにフィオラが憑きものが落ちたかのように目を丸くし。傍らで槍を構えたままファンメイが口を開いた。

 「おい、来るぞ!!」

 「 ―――――― 全く、余計な邪魔が入ったもんだよ。こちとらさっさと娘を連れて帰りたいってえのに………!! ―――――― お前達。そこのやかましい男達を黙らせな!!」

 魔女の眼差しに剣呑なものが入り混じり。キラービー達が怒声に応じ一斉に襲い掛かって来た。
 それをファンメイが迎え撃ち、槍を薙ぎ払い。

 「りゃあっ!!」

 手早く放った2撃にキラービーが引き裂かれ、地に落ちる。

 「ほれ、フィオラ。今度は間違えるなよ」

 ぽんっとヴェントがフィオラの肩を叩いて手を放し。驚いた表情を浮かべつつフィオラがヴェントを見遣った。しかし敵は目前。
 すぐに切り替えれば、魔女に切っ先を向け。

 「………………私は貴方達のところには行かない。兄さんはいつか、必ず、私の手で助け出してみせる!!」
 「ふぇっふぇっふぇ!………出来るもんかい、何も出来ない小娘が!!」

 斬り付けて来た刃を箒で受け止め。空を駆けるように後ろへ下がる。

 「無傷で手に入れる事は出来なかったが、多少の " 焦げ目 " は大目に見て貰わないとねえ」

 魔力が集まる。ベギラマを放つつもりだ。
 此方が使える攻撃呪文はメラのみ ―――――― 威力的に相殺は難しい。

 範囲的に避けるのも無理だ。………それなら、突貫あるのみ。術者を倒せれば魔力も崩れる!

 「フィオラ!!」
 「ファンメイ、あんたは虫共に集中しろっ。 ―――――― フィオラ!突っ込め!!」

 !!

 ヴェントの声が耳に飛び込んで来た。ヴェントも同じ事を考えていたのか。ぎりっと歯を食い縛り、フィオラが走り出して。

 「このおおお――――――!!!」
 「そう上手くいくもんかい!!あたしの魔力を甘くみるんじゃないよ!!!」

 放たれるベギラマ。赤と金の光の海に、フィオラは臆せず飛び込んだ。

 

 

 ………………

 

 ………………………

 

 

 キィ………………ン……………… ―――――― !!!

 ………あれ。………………???………………熱くない………?
 ………どうして………?
 光の海の彼方に、身を捩らせる魔女の影が見えた。

 「 ――――――――― 」

 魔女は戸惑っていた。自らの放ったベギラマが " 跳ね返って " 来たのだから。
 これはどういう事だ。
 娘は旅立ったばかりの名ばかりのひよっこ勇者だ。
  " あの呪文 " を体得しているはずがない。

 なら、何故 ―――――― !!!

 焔の渦から飛び出して来たフィオラの銅の剣が。
 鈍ら(なまくら)でしかないはずの安物の剣、その切っ先が。
 吸い込まれるように魔女の胸を貫いた。

 「ぎええええ――――――!!あああああ――――――!!!!?」

 誰だよ!誰だ、誰だ、誰だ!!誰が、一体!!!誰が娘に、 " あの呪文 " を ―――――― !!!!!
 誰が。
 ………………誰、………………が………………。

 黒煙を噴き上げながら魔女が地へ落ち。すぐにその形状もぐずぐずと崩れ、土と見分けが付かなくなった。
 剣を握り締めたままにフィオラが肩で息をし。そこにキラービーの群れを倒したヴェントとファンメイが走って来る。

 「おいフィオラ、怪我は!?薬草を ―――――― 」
 「………………ううん」

 ベギラマに突っ込んだのに無傷なフィオラにファンメイが目を疑うような眼差しを向け。しかしその身体に目立った火傷は見当たらない。その傍らからヴェントが魔女 " だったもの " を見下ろして。ざり、と土と混ぜるように踏み付ける。

 「死んだか」
 「………兄さんの居場所、聞き出せなかった」
 「いや、初陣で此処まで出来りゃ十分だ。旅を続けりゃ機会はまた来る。焦る必要は無いさ」

 だろう?
 そう諭され、こくりとフィオラが頷いた。

 闘争の物音が止んだからか、恐る恐る村人達が家から出て来るのが見え。3人がその方を見遣った。

 「………アリアハンの………勇者さま………?」

 誰かがそう呟くように言い。

 そうだ、きっとそうだ。あの人だ。
 ざわめき始めた群衆にフィオラが戸惑った表情を浮かべた。

 「………………え。あ………あの………」

 おど、とフィオラが声を上げ。ファンメイが後ろから後ろの背を叩いた。

 「フィオラ」
 「………ファン兄さん」
 「………なる、って、決めたんだろ?」

 ちら、とヴェントを見遣ればヴェントも頷き。きゅっと唇に力を込めてから、フィオラは群衆へ向き直った。

 「………皆さん!此度(こたび)の件で結界が壊されてしまいました。このままではいつ何時(なんどき)魔物が再び襲撃して来るか知れません。私達は理由あって道中ナジミの搭へ向かっている身。賢者さまに村の結界の再構築をお願いして来ます。それまでどうか、安全なところへ避難して下さい!!!」

 村の長だろう老人がしずしずと前に出て来て。フィオラの前で頭(こうべ)を垂れた。

 「勇者さま、村を守って下さりありがとうございます。村の裏手に避難地としての洞窟があります。賢者さまがいらっしゃるまで、私達はそこに留まりましょう」
 「は………、はい。………宜しくお願いします」

 魔女は、自分を狙って来た。
 村が襲われたのは ―――――― 私が原因なのに。

 深く頭を下げたフィオラに村長が目を細め。

 「何にしろ、夜明けまで不用意に動く事は多くの危険を孕みます。今宵は交代で見張りを立て、皆と共に洞窟で休みましょう」
 「で、でも、私は………っ。あいつらは、私を………っ………」
 「勇者さま。 ―――――― 大丈夫ですよ、貴方の所為ではありません」

 はっとしてフィオラが目を見開き。にこりと村長が微笑んだ。
 だめだ。
 勇者としてちゃんとしなきゃいけないのに。
 兄さんの代わりに、確りしないといけないのに。

 視界が、涙が歪む。

 「大丈夫、大丈夫ですよ。だからもう、泣かないで下さい。貴方は村を守ってくれた。だから、胸を張って良いんです」
 「 ―――――― ………………」

 ポロポロと涙が零れ落ちる。後ろからそっとファンメイが肩に手を添えて。

 「すみません、村長さん」
 「いえ。私は何も。さあ、勇者さまも、お仲間の方々も。さぞかしお疲れでしょう。どうぞ此方へ。洞窟へ案内します。………………皆の者も!洞窟に避難します、最低限の手荷物を用意して手早い移動をお願いします!」

 村長の一声で。夜半遅くの大移動が始まったのだった。

 

 

 ………………

 

 

 何か黒いものが迫って来る。
 黒い濁流。土砂?水?………違う、あれは。………形の無い靄のようなもの。
 まるで " 意思のある夜 " のようだ。
 走っても走っても、追い掛けて来る。
 ………追い付かれる。

 ―――――― 助けて!!!

 

 「………………………フィオラっ」

 肩を揺すられ、フィオラは大きく目を見開いた。
 薄暗がりの洞窟。多くの人達の寝姿が見え。フィオラは戸惑ったように辺りを見回した。そして自分を起こしただろうヴェントを見遣る。

 「ヴェント………さん………」
 「………うなされてたぜ。大丈夫か?」
 「………………。………小さい頃から良く見るの。………何かわからないものに追われる………、同じ、夢………」

 額に手を当て、ぽつぽつと内容を話し始めたフィオラに、ヴェントが目を細める。

 「闘いの後で気が張ってるだけだ。………さ、もう寝ろ。明日バテても知らないぞ?」

 毛布を引き上げられ。フィオラが素直に眼を閉じる。それを眺めた後にヴェントが洞窟の入り口の方を見遣り。それから自身の手のひらを見詰めた。
 そして何かを決意するかのように、ぎゅっと強く、握り締めるのだった ―――――― 。

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